1915年-1930年

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デンマークの小さな商社としてスタート

草創期のルンドベックは商事会社であり、デンマーク国内向けに人工甘味料からアルミ箔まで、さまざまな商品を供給していました。ハンス・ルンドベックは、長い外国生活を終え、1912年に故国デンマークに戻った後、バターの売買を行っていました。しかし彼は、小規模事業者としての利点を生かしながら、他の商品からも利益を上げたいと考えるようになり、「利益が出るのであれば、どんなビジネスであれ規模が小さすぎることはない」という主義にのっとって事業を展開しました。創立間もないころ、ルンドベックの代理店は、ビスケット、菓子の製造用機械やサッカリン、映画や写真用機械、写真紙、アルミ箔など、何でも取り扱いました。

 

第一次世界大戦が中立国デンマークのビジネスを後押し

ヨーロッパ諸国で第一次世界大戦が激しさを増す一方、中立国のデンマークにおける実業界は、かつてない隆盛を誇りました。国家による経済規制と、戦争当時国との取引により多くの利益を得るチャンスとが相まって、ハンス・ルンドベックをはじめ数多くの人たちが会社を興しました。
商品は直接顧客に配達されるため、ハンス・ルンドベックの仕事の大半はデスクワークでした。掃除機のレンタルと共に、会社の草創期の主な収入源だった個人宅での清掃サービスを除き、製造もしなければ肉体労働もありませんでした。戦後デンマークク通貨が強くなると、輸入商品は値下がりしました。
ハンス・ルンドベックのビジネスは成長し、着色料やエキスの取り扱いも開始し、チョコレートメーカーやパン屋に販売しました。しかし、ほとんどの商品は、あらかじめ包装された状態で輸入されており、ルンドベックは依然、他の欧州諸国や米国のメーカーとの個人的なつながりを基盤とした商社であることに変わりはありませんでした。

 

製薬部門への進出

1924年にエデュアルド・ゴールドシュミットが入社すると、ルンドベックの製薬部門における快進撃が始まりました。彼は医薬品の代理店数社を伴って入社したのです。ルンドベックがデンマーク市場に売り出した初期の医薬品には、Anusol(座薬)、Gelonida®(鎮痛剤)、Agarol(下剤)、Inotyol(小さな切り傷ややけどの治療用)などがありました。彼の指示により、ルンドベック社はさまざまな疾患を迅速に快復させると謳うドイツやフランス産の市販薬も発売しました。
化粧品やトイレタリー用品は当時、薬品製造の副産物とみなされていたため、ルンドベックでもLohese Uralt Lavenderなどの化粧水や、各種クリーム、軟膏、ベビーパウダー等の製品をラインナップしていました。

ルンドベック・ジャパン株式会社
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