1930年-1945年

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生産設備、事業所、社員数の拡大

デンマーク政府は、1930年代の世界的な経済危機対策として外貨規制の導入を決定しました。これはデンマーク国内の雇用拡大が目的でした。そのため、以前は個別包装の状態で輸入していた医薬品や化粧品が、一括輸入されることになりました。ルンドベックはデンマークにおける自社生産を開始し、錠剤の製造開始、包装、ラベル貼りに至るまでの生産工程作業を開始しました。
生産拡大により、事業所の拡張と社員の増員が必要になりました。ルンドベックは製品ラインアップが拡大するにつれて成長し、1937年には、初めての自社製品であるEpicutan(傷治療剤)を発売しました。1939年9月の第二次世界大戦開戦時には、ルンドベックはすでに大規模な生産活動を確立し、原材料不足にも関わらず、生産を続けました。

ヴァルビー占領を耐え抜く

1939年、ルンドベックは、管理棟、研究所、研修所、生産設備を建設できる敷地のあるヴァルビーのオティリアバイに移転しました。これにより本格的な有機化学研究が可能となりましたが、それは容易な道のりではありませんでした。1940年4月9日、ドイツがデンマークに侵攻しました。
そのころハンス・ルンドベックは健康上の問題を抱えていました。会社の将来のために、ハンスは10年間の婚約期間を経て、会社の上級秘書グレーテ・ステルガードと結婚しました。ルンドベックを製薬の道に導いたゴールドシュミットは、占領したドイツ軍の反セム主義により、まもなく退陣を強いられました。それにも関わらず、ルンドベックは1940年8月14日の創立25周年を祝うことができました。45人の社員のために夕食会が開催されましたが、ドイツ軍による夜間外出禁止令により、パーティは夜の11時で終了しなければなりませんでした。

 

ルンドベック・ジャパン株式会社
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